名古屋商科大学ビジネススクール 根来龍之教授インタビュー(後編)
Diamond WEEKLY事業部 編集チーム
記事掲載日:2026/4/27

日本の企業文化を考慮して、デジタル化をいかに推進していくか。デジタル人材が不足しているといわれる中堅・中小企業では、外部リソースを活用する手立てはないのか。 名古屋商科大学ビジネススクールの根来龍之教授へのインタビューの後編では、中堅・中小企業にとって有効なDX施策を詳述する。(聞き手/ダイヤモンド社論説委員 大坪 亮、文・撮影/嶺竜一)
※本記事は「ダイヤモンド・オンライン」より提供を受けて掲載しています。
日本企業のデジタル活用がなかなか進まない理由の一つに、新しいものを最初に試すことへの心理的抵抗がある。「日本企業は良くも悪くも他社を気にします。 『他社がやっていないことを先にやるのはリスクが大きい』という考えが根強く、ファーストペンギン(最初に海に飛び込む挑戦者)を避ける傾向が強い」。そう語るのは名古屋商科大学ビジネススクールの根来龍之教授だ。
しかし、サブスク型SaaS(Software as a Service)や生成AIのように「試して、駄目ならすぐやめられる」技術が登場した今日、過剰なリスク回避は多大な機会損失につながる。
一方で、同業他社に先駆けて初期導入に踏み切った企業が競争優位を築いている例は増えている。「いかに早く試し、現場で使えるようにするか」が競争力の源泉となる。
「中堅・中小企業からは、『当社にはデジタル人材がいない』と嘆く声を聞きますが、それは思い込みです。昔のシステムとは異なり、SaaSや生成AIは、専門家でなくても、学べば簡単に使えるようになる。
例えば100人規模の会社なら、デジタル技術に興味を持つ社員は必ずいます。彼らがSaaSや生成AIを使いこなすのは難しいことではない。 興味とやる気があれば誰でもデジタル人材になれる。経営者がそういう社員を探して、権限を付与すれば、すぐに成果は出るはずです」と根来教授は話す。
同時に、「経営層が率先してデジタルツールを使うことが極めて重要になる」と根来教授は続ける。
とりわけ生成AIは、インタビュー前編で触れた通りホワイトカラー業務の有効な支援ツールであり、経営者はホワイトカラーだ。例えば最近では、Google「NotebookLM」などの法人向けAIノートサービスをフル活用している経営者もいる。
このサービスはネット接続して外部情報を活用するため、例えば社外の大規模ミーティングでの出席者情報の検索・リスト化など、独自に固有データベースを持たなくても、瞬時に作成できる。 社内情報は、「AIの学習には使わない」と契約に明記しているサービスもあり、そのようなサービスの場合、情報漏えいリスクを過度に恐れる必要はない。 トップ自らが利用することで、「デジタル技術の活用は全社マター」というメッセージを社内に示すことができる。
「日本では『現場がトップを見て動く』傾向が強く、経営層がデジタル化の実践者であることはDX(デジタルトランスフォーメーション)のスピードアップに直結する。 無論、経営者は全てのツールを自分で使いこなせなくともよい。『何ができるか』を理解し、挑戦する姿勢を示すことが、組織変化を促す」と根来教授は言う。
一方、現場がSaaSや生成AIを独自のアイデアで利用するのを許容することも大切だ。 デジタル化の初期段階にある企業などでは、情報システム部門が主導するよりも、現場からボトムアップでデジタル技術が活用される方が、ミスマッチは起こりにくい。 「『野良I T』とか『勝手I T』とかいわれますが、現場が課題解決のためにデジタルツールを選別し、テスト的に導入し、うまくいったら全社に展開していく。そのためには、現場が自由裁量で使える予算を認めることです」(根来教授)。
デジタル技術が社内で広く使われるようになって、「全社統一システムに切り替える方がより効果的という段階になったら、切り替えればいい。 現場自主活用と全社統一活用のバランスは、技術進歩や組織状況によって違ってきます」と根来教授は言う。
コンサルタントや有力なデジタル人材の活用も、デジタル化促進の一つの方策だ。
「先進的なデジタルツールを他社に先駆けて導入し、業界内で競争優位を築くために、ハンズオン型コンサルティングサービスを活用することには意味があるでしょう。 あるいは、社外で実績のあるデジタル人材に5年間などの期間限定でCIO(最高情報責任者)就任を要請し、デジタル化に拍車を掛けるといったことはDXを早める上で有効だと思います」(根来教授)。
では、デジタル技術が進歩していくことで、産業や経営は今後どう変わっていくのか。 この質問に対して根来教授は、「10年後を予測することには意味がなくなりつつある。技術の進歩があまりに速くて、10年先がどうなっているかは、誰にも分からないからです」と言う。
「生成AIが世に登場したのが2022年の暮れ。それから約2年たっただけで、生成AIにホワイトカラー業務の一部を任せられるまでに進化した。まさに劇的な速度でテクノロジーが進歩しているのです」(根来教授)。
現在のAIの主流は、統計学を基盤にしたニューラルネットワークを使ったモデルで、画像認識などの分野では判定を任せる事例もあるが、 多くの場合は、課題解決の選択肢を示して人の意思決定を“支援”するまでは可能だが、AIに意思決定そのものは任せられないと考えるのが妥当だ。
「しかし、その限界は緩くなっていくでしょう。また、今も世界のどこかで現在の主流モデルとは異なる技術をベースにしたAIが開発されている。 それがいつどのようなサービスとして発表されるか分からないし、それで世の中がどう変わるのか、必ずしも予測がつきません」(根来教授)。
この状況における経営者の使命は二つある。一つは、「現存するデジタル技術をいち早くビジネスに活用することと、そのためのハードの投資をどうするかを決めることです。 ただし、技術の進化速度は速いから、投資の規模が大きい場合は、投資が5年で回収できるかどうかを判断しなければいけない。もっとも、SaaS型のAIサービスは、投資規模は小さいことがほとんどです」と根来教授はアドバイスする。
経営者に託されるもう一つの使命は、「トレンドの見極め」だ。例えば、完全自動運転の乗用車が一般道路をいつ走るようになるのかの予測は難しいが、 トラックが高速道路で決められたレーンを走る場合などの自動運転は遠くない将来に実現するだろう。経営者はそうしたトレンドを見極めて、自社にとって必要な対応策を早めに打たなければいけない。

名古屋商科大学ビジネススクール教授
早稲田大学名誉教授
根来龍之 氏
ねごろ・たつゆき●京都大学文学部哲学科卒業。慶應ビジネススクール修了(MBA)。早稲田大学教授などを経て現職。現在、大学院大学至善館特命教授、デジタル経営研究センター所長を兼務。
『集中講義 デジタル戦略』『プラットフォームの教科書』『ビジネス思考実験』『事業創造のロジック』(いずれも日経BP)、『代替品の戦略』(東洋経済新報社)など著書多数。
その際、「デジタル化の進展は産業ごとに違う」ということを押さえておく必要がある。「金融、流通、製造などそれぞれの産業ごとにデジタル化の進展は異なる。 だから、デジタル技術のトレンドや活用については、産業別に考えるべきです」と根来教授は言う。
根来教授が現在執筆中の書籍の肝はそこにあり、「産業別にデジタル化がどう進んでいるかを、一つのフレームワークで分析する」ことを示す内容になるという。
DXがなかなか進まない中堅・中小企業だが、悲観する必要はない。ファーストペンギンになることを恐れず、SaaSや生成AI、ハンズオン型コンサルなど、 外部リソースを積極的に活用することで、まだまだキャッチアップすることができるだろう。