名古屋商科大学ビジネススクール 根来龍之教授インタビュー(前編)
Diamond WEEKLY事業部 編集チーム
記事掲載日:2026/4/27

日本企業のホワイトカラーの生産性は、生成AIの活用により、直近半年間で急激に向上している。中堅・中小企業の生産性向上は、初期コストやスイッチングコストが低いSaaSの活用で進む——。 デジタル技術の活用によって生産性を伸ばす方法論を、名古屋商科大学ビジネススクールの根来龍之教授に聞いた。前編・後編の2回でお送りする。(聞き手/ダイヤモンド社 論説委員 大坪 亮、文・撮影/嶺 竜一)
※本記事は「ダイヤモンド・オンライン」より提供を受けて掲載しています。
日本の2023年の時間当たり労働生産性は56.8ドルと、OECD(経済協力開発機構)加盟38カ国中29位と低位にあり、米国の6割程度しかない。 この理由の一つに、「デジタル技術活用の遅れがある」といわれている。しかし、名古屋商科大学ビジネススクールの根来龍之教授はそれを否定する。「まず、日本企業全体の生産性が低いわけではありません。 製造業、特に工場の現場の生産性は高い水準にある。生産性を低くしている理由の一つは、ホワイトカラーの『重複型の職務構造』にあるというのが私の意見です」。
日本企業のホワイトカラー業務は、米国企業のように「この仕事はこの人の担当」という明確な分担がなく、複数人で関わる。 そのため業務の隙間で起きるミスや事故が少なくなるなどのメリットはあるが、結果として、一つの業務に関わる人数が増え、意思決定に時間がかかるなどのデメリットがある。 この重複型の職務構造は、日本企業全般に定着しており、容易には変わらない。
では、日本企業がデジタル技術の活用で、生産性を向上させられる余地はあるのか。根来教授は、生成AIの進化による直近半年の変化に注目する。
「生成AIが誰にでも使える秀逸なツールになったのは24年秋。従来のITツールは仕事の一部を自動化する補助的な役割が中心でしたが、生成AIはホワイトカラーの業務の多くの工程に直接関与する。 ここ半年の変化を見ると、生成AIの活用で日本企業のホワイトカラーの生産性は今後大きく改善する可能性があります」と根来教授は言う。
根来教授は、生成AIによって生産性が上がる当面の領域として「新規事業開発」「契約業務」「マーケティング・顧客対応」「情報システム構築」の四つを例示する。
新規事業開発では、「生成AIの活用により、情報の探索・収集の範囲が海外を含めて圧倒的に拡大し、容易になっている」。また、「自社の技術情報を生成AIに学習させることで、 社外で生まれる新技術との相性を判別したり、提携などで相乗効果が期待できる他社の技術を探索したりすることが可能になった。これによりビジネスチャンスを広げています」と根来教授は話す。
契約業務では、法律知識や過去事例に基づく契約書の作成が求められる。現場担当者が社内基準に照らし合わせて一からドラフトを作成する前工程の後、 法務担当が内容・表現を精査する。この前工程の作業を、過去の契約書を全て生成AIに学習させることで、 自社の実績や注意点を反映し、なおかつ形式が整ったドラフトを現場担当者が迅速に作成できるようになる。それを法務担当者が確認すれば、全体の作業効率は格段に上がる。
マーケティングでは、すでに生成AIの活用が進んでいる。まず、広告コピーの作成やデザイン制作など、広告代理店に委託していた業務の多くを内製する企業が出てきている。 生成AIを使いこなしていけばいくほど、こうした広告業務の品質は高まり、内製率はアップしていく。
さらに、「自社のマーケティングデータを学習させれば、担当者がデータ分析を行わなくとも、価格を幾らに設定すればどれほど売れるかといったシミュレーションや、 地域別にどのような販売施策が望ましいかなどの提案を生成AIがしてくれる」(根来教授)。これにより、マーケターはより戦略的な意思決定などの業務に集中することができる。
また、顧客対応(カスタマーサービス)では、 顧客からの問い合わせに対する自動回答や、カスタマーサポートの1次対応(FAQ作成・更新)に導入されている。 営業現場では、個別の顧客に応じたメール文面や提案書のドラフト作成の支援に使われている。
情報システム構築では、「生成AIにコーディングさせることによって飛躍的に生産性が上がっています。 ある程度コードを読める人が生成AIを活用することで、従来の5〜6倍に生産性を上げている企業がある」と根来教授は言う。
しかも、生成AIが書いたコードは人が試行錯誤して書いたコードよりもきれいで読みやすく、その後のチェックがしやすいというメリットもある。
ある医療関連企業では、内視鏡の画像解析を行うソフトウエア開発に生成AIを活用することで、頻繁に仕様変更を求められる場合でもスピーディーに開発できるようになっている。
こうした生成AIの活用では、日本企業は米国企業よりも向いていると根来教授は指摘する。「私の観察では、米国企業は優秀な一部の人材が、そうでない人を含めて全体を引っ張る傾向がある。 一方、日本企業は、ほぼ全員が一定以上の優秀さでよく働く。つまりホワイトカラー人材の能力の平均値は日本の方が高いと思う。 日本のビジネスパーソンが一斉に生成AIを学ぶようになれば、米国企業よりも早くビジネス現場に浸透し、労働生産性を高めることになるだろう」。
生成AI活用は個人の能力に依存することなく、誰もがすぐに成果を出せる。全員で平均的に取り組む日本の仕事のやり方は、個人の突出を抑制する弱点でもあったが、生成AIの普及によって、強みに転じる可能性が高い。
生成AIの活用は、日本企業全般に当てはまる生産性向上策となる。一方、中堅・中小企業の生産性向上に中長期的に寄与するのがSaaS(Software as a Service)だ。 ソフトウエアの利用をインターネット経由で提供するサービスである。
従来のオンプレミス(自社内にシステムを構築・運用する)型のシステム活用は莫大な開発費用がかかり、中堅・中小企業にとって導入ハードルが非常に高かったが、 生成AIを含めてSaaSシステムの料金体系はサブスクリプション型が主流で、一般に導入コストを低く抑えられる。 もちろん、個別に見れば、既存システムからのデータ移行、利用のためのトレーニング、周辺システムとの連携などの関連コストがある点には注意が必要だ。
特に、「業界特化型のSaaSの導入は、中堅・中小企業の生産性向上に効果的だ」と根来教授は言う。

名古屋商科大学ビジネススクール教授
早稲田大学名誉教授
根来龍之 氏
ねごろ・たつゆき●京都大学文学部哲学科卒業。慶應ビジネススクール修了(MBA)。早稲田大学教授などを経て現職。現在、大学院大学至善館特命教授、デジタル経営研究センター所長を兼務。
『集中講義 デジタル戦略』『プラットフォームの教科書』『ビジネス思考実験』『事業創造のロジック』(いずれも日経BP)、『代替品の戦略』(東洋経済新報社)など著書多数。
例えば建設業界のSaaSでは、建設会社と職人を結ぶマッチングアプリが効果を生んでいる。大規模建築事業は、建設会社が主に設計と施工管理を行い、 基礎、建設、内装などの各工事はそれぞれの下請け会社に発注し、分業する。さらに下請け会社は、自社でリソースが足りない部分を、大工、左官、クロス職人など「一人親方」と呼ばれる自営業の職人に再委託する。 建設業界に特化したSaaSアプリは、こうした職人のマッチングや工事日程管理などをスマートフォンで行えるように設計されており、ITに慣れていない一人親方でもスムーズに活用できる。
介護業界でもSaaS導入は効果的だ。「介護事業は労働集約型で慢性的な人手不足にある上、介護記録や介護保険請求などで介護特有の用語を使い、煩雑な事務作業も多い。 システム化することで、未経験者でも業務に慣れやすくなる」(根来教授)。小規模事業所が多いため、低コストSaaSの活用で生産性を高めることが望まれる。
業界特化型のSaaSの供給企業は近年、急増している。そのためサービスが玉石混交になっている業界もあり、その良しあしの見極めが必要になる。ただし前述したように、 SaaSシステムは導入コストが一般的に低いため、使ってみて課題が大きいと判断すれば解約してもダメージは大きくない。導入後、より良い商品が他社から販売されているのを見つけたら、乗り換えればよい。 スイッチングコストは小さい。
SaaSへの投資で失敗するリスクは、その活用をちゅうちょすることで生産性向上の流れに乗り遅れるリスクに比べると、決して大きくはない。 それにもかかわらずDX(デジタルトランスフォーメーション)への投資になかなかかじを切ることができないところに、日本企業の課題がある。
後編では、日本企業においてDXがなかなか進まない背景を明らかにしつつ、中堅・中小企業にとって有効なDX施策を詳しく紹介する。