記事掲載日:2026/1/27
カーボンニュートラル社会に向け、燃焼時にCO2を排出しない環境負荷の低いエネルギーとして水素の活用に期待が高まっています。 世界での需要量がこれから数倍に増えるとも見込まれる水素。その活用について日本と世界の状況を2回に分けて解説します。前編は国内外の動向・施策を取り上げます。(ライター南由美子/nameken)
水をはじめ石炭やガス、再生可能エネルギーなどさまざまな資源からつくられる水素は、特に脱炭素化が難しいとされてきた鉄鋼や化学などの産業分野、 燃料電池自動車(FCV)や船舶などのモビリティ分野で期待が高く、火力の代替として熱エネルギー分野にも活用が広がっています。
IEA(国際エネルギー機関)によれば、世界の水素等需要量は2022年の年間9500万トンから2050年には4億3000万トンに増加する見込み。 このため各国で水素をめぐる動きが加速しており、2020年以降にドイツ、オランダ、フランス、スペイン、ポルトガル、イタリア、イギリス、ノルウェー、スイスなど EU加盟国を中心に25カ国以上で水素戦略やロードマップが策定されてきました。 近年では水素社会の実現を見据え、技術開発の支援策から実用化・商用化に向けた制度へとシフトしています。
こうしたなかで日本政府は2017年、世界で初めて水素の国家戦略「水素基本戦略」を策定し、2023年に改定しました。
改定版は技術の確立に重点を置いた2017年から前進し、商用を見据えて産業戦略と保安戦略が新たに加えられています。
産業戦略は「早期の量産化・産業化を図る」「国内外のあらゆる水素ビジネスで日本の水素コア技術(燃料電池・水電解・発電・輸送・部素材など)の活用をめざす」もの、
保安戦略は「サプライチェーン全体をカバーした法令の合理化・適正化を図る」ものです。
この基本戦略を具体化する形で、2024年5月に「水素社会推進法」が成立し、同年10月に施行されました。 水素の供給コストの低減と需要の拡大を図るため、製造・輸送・貯蔵を行う事業者への支援制度を設け、水素社会の実現に向けてより大きな一歩を踏み出しました。
国内の水素の年間供給量は、アンモニアなども含めて現在の約200万トンから、2030年には最大300万トン、2040年には1,200万トン程度、 2050年には2,000万トン程度に拡大すると段階的な目標を掲げています。コストは2030年に334円/kg、2050年に222円/kgをめざしています。

国内の水素の年間供給量目標(アンモニアなども含む)
同法に基づき、低炭素水素(製造に伴って排出されるCO2の量が一定値以下の水素)のサプライチェーン構築に向けた支援策も打ち出しています。
現状では水素は既存の燃料と大きな価格差があるため、国内製造コストや海外での製造・輸送コストなどを対象に、水素と化石燃料の価格差に着目して助成金を交付する支援が3兆円規模で行われています。
また、水素製造のための水電解装置の技術開発、輸送・貯蔵に必要なインフラの整備、商用FCVの導入、水素ステーションの普及拡大など、技術開発から社会実装までの幅広い支援が進められています。
たとえば「脱炭素社会構築に向けた再エネ等由来水素活用推進事業」(環境省、一部経済産業省、国土交通省連携事業)では、水素を地域資源である再エネなどから製造し、
貯蔵・運搬・利活用したり、BCPに活用したりする事業や、水素需要拡大を推進するモビリティへの活用事業などを支援。地方公共団体や企業などに対して委託もしくは補助を行います。
2021年の第6次エネルギー基本計画では電源構成の1%を水素・アンモニアにする規定が盛り込まれ、 2025年2月に閣議決定された第7次計画では電源構成のなかの再エネの主力電源化を進め、その割合を2040年度に40〜50%程度としています。特に水素、アンモニア、CCS(CO2の回収・貯留)などの脱炭素技術を重視。 低炭素水素などの大規模サプライチェーンの構築を強力に支援し、コストの低減と利用の拡大を両輪で進めていくとしています。

(経済産業省資源エネルギー庁「水素を取り巻く国内外情勢と水素政策の現状について」より)
世界に目を向けると、EUは2020年7月に「水素戦略(気候中立のための水素戦略)」を策定。気候変動対策として、水素のなかでも特に再エネ由来の水素の重要性を強調しています。 水素の導入は2030年までに域内製造1,000万トン、輸入1,000万トンを目標に掲げていますが、この目標は2022年のウクライナ危機を経て当初から倍増されています。
導入推進のために「欧州水素銀行」を設立。CO2を排出せずにつくられた「グリーン水素」の生産事業者に最長10年間の補助金を提供し始めました。 2023年11月に8億ユーロの予算で初回案件の入札を実施。2024年4月に応募総数132件から7件の落札を公表しました。
ただし、ヨーロッパのなかでもドイツ、オランダ、デンマーク、スペイン、イギリスなどは国家目標を超える規模のプロジェクトが計画されている一方、 高い目標を掲げるものの具体的なプロジェクトが進んでいない国もあります。
以下、アメリカや中国を含めた各国の動きをまとめます。
イギリスは2021年に「国家水素戦略」を発表。2030年までの水素経済ビジョンとして40億ポンド規模の投資などの見通しを立てました。 グリーン水素に限定せず、低炭素水素やCCUS(CO2の回収・利用・貯留)も軸に据え、2030年までに10GWの低炭素水素の製造能力をめざしています。
また、再エネ普及のため政府が電源の固定価格と市場価格の差額を補てんする「CfD(差額決済契約)制度」を水素にも取り入れ、 事業者が市場変動の影響を受けない仕組みをつくりました。新しい低炭素水素製造プラントの商業展開を支援する「ネットゼロ水素基金」なども設けています。
2023年には国家水素戦略の最新版を策定し、水素製造ロードマップなどを公表。同年に成立した「エネルギー法2023」には水素の製造・輸送に関する規定を盛り込んでいます。
2024年7月に発足したスターマー政権は、水素について前政権下の目標や基本路線を保持した上で「水素戦略アップデート」を発表し、 政府の水素関連支援の進捗状況や今後の計画をまとめ、電力や産業、輸送などの6分野で水素利用の可能性を示しています。
ドイツは2020年に「国家水素戦略」を発表し、2023年7月に改定。水素製造能力を2030年までに当初の5GWから10GWに倍増する目標を掲げています。 そのための財政支援はグリーン水素製造に限定していますが、移行期にはCCSやCCUSなどを組み合わせた「ブルー水素」の利用も認めています。 確保した水素を輸送するため、既存の天然ガスパイプラインを転換するほか、水素パイプラインの新設も打ち出しています。
輸入にも積極的で、2024年7月に「水素輸入戦略」を策定し、2030年には水素総需要量の50~70%を輸入でまかなうと想定しています。
国家戦略の下で整備された支援制度には、グリーン水素などの国外製造と輸入を推し進める「H2グローバル」があります。 官民で設立した財団が外国企業を対象に入札を実施し、水素の輸入における供給側と需要側の価格差に対して補てんを行う制度。2022年12月に初回入札が実施されました。
アメリカはバイデン前政権時、燃焼してもCO2を出さない「クリーン水素」関連の支援策が掲げられ、2023年に「クリーン水素戦略&ロードマップ」を策定。 クリーン水素の需要量を2030年に1,000万トン、2040年に2,000万トン、2050年に5,000万トンとしました。 2024年には490億ドルを投入して全米7か所に多様な水素製造拠点「地域クリーン水素ハブ」を置く方針が決定されました。
しかし、第二次トランプ政権発足後の2025年10月、エネルギー省は数百のエネルギープロジェクトに対する75億6,000万ドルの資金支援を取り消すと発表。 具体的なプロジェクトは不明ながら、対象事業には水素ハブへの資金支援も含まれるという報道があります。 このほか、行政管理予算局は政府機関閉鎖を受けた予算凍結の一環として、16州でのクリーンエネルギー計画のための資金を停止すると明らかにしています。
現在、水素需要は年間約3,300万トンで世界最大といわれる中国。 2022年に初の「水素産業発展中長期計画」を発表し、水素を将来のエネルギー体系の重要な一部、未来型産業の重点方向だと明確に位置づけました。
計画では2025 年までに水素エネルギー供給システムを構築し、グリーン水素の年間製造量を15〜20万トンにする数値目標が掲げられています。 これを受けて2022年末までに300件以上のプロジェクトが進み、稼働済み案件の累計水素生産能力は年間約5万6000トン。内モンゴルなどの北部地域でさらなるプロジェクトが進行しています。
さらにFCVの保有台数を2025年までに5万台にする目標も設定。モデル都市群を選定し、FCVの基幹部材製造や水素供給を支援する補助金政策も発表しました。 今後はモデル都市の北京や上海などを中心に、水素サプライチェーンの構築が進むと考えられます。
IEAの予測では、中国の水素製造は2060年に約9,000万トンに拡大する見込みです。 ロシアのウクライナ侵攻から続くエネルギー危機により、再エネの増産と水素の活用がこれまで以上に重視されていることが、戦略や施策からうかがえます。
後編では水素の活用事例を紹介します。
経済産業省 資源エネルギー庁
水素を取り巻く国内外情勢と水素政策の現状について
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/energy_structure/pdf/024_04_00.pdf
環境省
水素基本戦略
https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/eye/20231115.html
経済産業省 資源エネルギー庁
目前に迫る水素社会の実現に向けて~「水素社会推進法」が成立 (前編)サプライチェーンの現状は?
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suisohou_01.html
経済産業省 資源エネルギー庁
令和6年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2025)
カーボンニュートラル実現に向けた水素・アンモニアの導入拡大
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2025/pdf/2_8.pdf
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
競争的な水素アプライチェーン構築に向けた技術開発事業(中間評価)
https://www.nedo.go.jp/content/800029213.pdf
経済産業省 資源エネルギー庁
「エネルギー基本計画」をもっと読み解く②:技術開発から社会実装へ!水素社会実現をめざして前進
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energykihonkeikaku2025_kaisetu02.html
環境省
各国の水素基本方針
https://www.env.go.jp/seisaku/list/ondanka_saisei/lowcarbon-h2-sc/PDF/hydrogen_policies_of_each_country.pdf
経済産業省
欧州における水素関連動向について
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/suiso_nenryo/pdf/031_05_00.pdf
日本貿易振興機構(ジェトロ)
ドイツ政府が国家水素戦略を改定
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2023/52b33d2932a5aa7d.html
環境省
水素社会実現に向けての取り組み
https://www.env.go.jp/seisaku/list/ondanka_saisei/lowcarbon-h2-sc/events/PDF/240925_2.pdf
経済産業省
EUとイギリスにおける電力システム改革
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/pdf/073_05_00.pdf
日経BP
洋上風力の入札上限価格を66%アップした英国の覚悟
https://project.nikkeibp.co.jp/energy/atcl/19/feature/00007/00108/
日本貿易振興機構(ジェトロ)
グリーン水素とブルー水素の両輪で低炭素水素導入を推進(英国)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2024/1002/c4621a76afc384df.html
水素エネルギーナビ
水素の意義とビジョン 海外各国での取り組み
https://hydrogen-navi.jp/significance/world.html
ロイター
米エネルギー省、76億ドルの資金支援撤回 水素ハブ事業など対象か
https://jp.reuters.com/world/us/VUROMEY53BMGFCFP7XO2OR53JI-2025-10-02/