記事掲載日:2023/03/03
カーボンニュートラルや気候変動に関わる用語を紹介する第2回。 今回は、企業が気候変動の原因である温室効果ガスの削減に取り組んでいることを示す目標設定「SBT」と、 こうした脱炭素社会に向けた取り組みを促進させる経済的手法「カーボンプライシング」を取り上げます。(ライター南由美子/nameken)
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2015年のパリ協定を契機として気候変動に関する開示・目標は、前回紹介した「TCFD」と今回の「SBT」が事実上の標準となっています。 各国ではTCFDに沿った情報開示を進め、投資家はSBTを見て各企業の目標を評価しようとしています。
この「SBT」とはScience Based Targetsの略称。企業はある基準年を設定し、 その「5年以上先で10年以内」にかけて、どういったペースで温室効果ガスの排出削減に取り組むかを示します。 そのペースはパリ協定が求める「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち(2℃水準)、 1.5℃に抑える努力をする(1.5℃水準)」の目標に沿うよう、「科学的」でなければなりません。
出典:環境省「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」サイトから
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_gaiyou_20221201.pdf
そのために企業活動における温室効果ガスの排出量を厳密に算定するのですが、 SBTは一つの企業だけでなくサプライチェーン全体を対象範囲とすることも特徴です。原材料調達、製造、物流、販売、廃棄などの 事業活動に関係するあらゆる排出が削減対象になり、以下の3つの範囲(スコープ、Scope)に分類して検討します。
事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)
他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う間接排出
スコープ1、スコープ2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)
環境省「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」サイトから
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/supply_chain.html#no00を加工して作成
サプライチェーンの排出量はスコープ1から3までの排出量の合計になります。
SBTの目標レベルは、スコープ1と2が「1.5℃水準」に合致した少なくとも年4.2%の削減、 スコープ3は「2℃を十分に下回る水準」を満たす少なくとも年2.5%の削減です。
SBT認定には運営機関による審査が必要で、認定後も毎年目標の進捗を報告したり、 最低5年ごとには目標を見直したりする必要があります。 しかし、世界水準の目標を立て、実行することでカーボンニュートラルの実現に貢献でき、 ステークホルダーに対して持続可能な企業であることを分かりやすくアピールできます。
SBT参加企業は年々増加しており、認定されたのは世界で1,982社、そのうち日本企業は309社です(2022年12月1日時点)。 業種は世界的には食料品が多く、日本では電機、建設が多い傾向にあります。
今後もSBTに取り組む企業は増え、サプライチェーン全体に関わることから、 認定企業と取引がある中小企業も必然的に取り組みが求められることでしょう。
気候変動の主な原因であるカーボン(炭素、主にCO2を指す)に、プライス(価格)を付ける制度が「カーボンプライシング」です。 CO2排出量に応じた費用負担を求めることで、企業の排出行動を変えようという狙いを持ち、 売買する市場メカニズムを通じて全体として排出を抑制します。
日本では以下の種類に分けられます。
・燃料や電気を利用してCO2を排出した企業に対し、その量に比例した課税を行う
・企業ごとに排出量の上限を決め、上限を超過する企業と下回る企業とのあいだで排出量を売買する
・炭素の価格は排出量の需要と供給で決まる
・日本では2026年度頃からの排出量取引市場の本格稼働が議論されている
・CO2削減価値をクレジット・証明書化し、取引を行う
・政府は「非化石価値取引」「Jクレジット」「JCM(二国間クレジット制度)」などを運用しているほか、民間でもクレジット取引を実施
・企業が独自に自社のCO2排出に価格を付け、投資判断などに活用
炭素税は、1990年にフィンランドが世界で初めて導入しました。 日本は2012年から実質的な炭素税ともいえる地球温暖化対策税(石油・石炭税としてCO2排出量1トンあたり289円に相当する税を燃料価格に上乗せ)を 取り入れていますが、税率はまだ低く抑えられており、本格的な導入とは言えません。
排出量取引制度は、2005年にEUがいち早く導入。日本では東京都や埼玉県で運用され、エネルギー使用量が一定以上ある企業を対象とし、 排出の上限を超えた事業所は、上限まで余裕のある企業から必要分を買い取る必要があります。
カーボンプライシングの中でも特に企業に取り組みが求められているのが「インターナル・カーボンプライシング(以下、ICP)」。 国や自治体単位ではなく、企業内部でCO2の価格を設定することです。CO2を排出し続けることを財務的なリスクとしてとらえ、 省エネにつながる設備投資や事業機会など長期的な経営の意思決定に反映します。例えば、ICPを5千円/t-CO2に設定した場合、 CO2削減の取り組みによるコスト増が5千円/t-CO2に収まるのであれば、投資回収可能と判断できることになります。
前回、取り上げた「CDP」の回答書にはICPに関する項目が設けられているほか、 「TCFD」ではICPを脱炭素の投資指標として活用することを推奨。 「SBT」では企業の計画策定に用いる手法とされています。
ICP導入企業数は2年以内に導入予定の場合も合わせて世界で2,000社以上、日本で約250社(2020年)となっており、 ともに増加傾向にあります。ただ、価格設定方法が日本では明確に示されておらず、企業はそれぞれに検討や活用を進めています。 環境省は支援事業やガイドライン公表などで導入をサポートしていますが、価格設定の目安があるのが望ましいとする声もあります。
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環境省 グリーン・バリューチェーンプラットフォーム
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/intr_trends.html
環境省 SBT概要資料
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_gaiyou_20221201.pdf
CDP SBTの観点からカーボンプライシングを考える
https://japanclimate.org/wp/wp-content/uploads/2022/03/JCI-webinar-CDP-20220325.pdf
環境省 サプライチェーン排出量概要資料
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SC_gaiyou_20220317.pdf
経済産業省 GXを実現するための政策イニシアティブの具体化について
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/green_transformation/pdf/010_01_00.pdf
環境省 インターナルカーボンプライシング活用ガイドライン ~企業の脱炭素・低炭素投資の推進に向けて~
https://www.env.go.jp/content/900440896.pdf
日本放送協会(NHK) サクサク経済Q&A
https://www3.nhk.or.jp/news/special/sakusakukeizai/20210210/382/
環境省 インターナル・カーボンプライシングについて
https://www.env.go.jp/council/06earth/shiryou3.pdf