記事掲載日:2023/03/03
カーボンニュートラルや気候変動に対する取り組みでは、さまざまな用語や略語が使われます。 日本語の直訳だけでは分かりにくいものもあり、その用語が生まれた歴史や背景を織り交ぜて2回に分けてご紹介します。 初回は環境問題においてますます重要になってきた金融分野に関わる「TCFD」「CDP」の用語解説とともに、 最新の国連会議「COP27」の結果もお伝えします。(ライター南由美子/nameken)
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今、世界は気候変動や生物多様性の危機などさまざまな環境問題に直面しています。 こうした危機の多くは経済活動と密接に関係しており、個々の企業にもその対応が求められています。
このことは、企業に投融資を行う金融のあり方にも変化を及ぼしています。どれだけ収益の高いビジネスでも、 原材料調達が資源の枯渇につながったり、気候変動の影響で事業が存続できなくなったりすれば、投融資した金融機関や投資家にとってもリスクになるからです。
そのため投資家らは、環境を守りながら継続・発展できる企業への投融資を重視し始めました。その際に取り入れた指標が「ESG」。 従来の財務情報に加えて「E(Environment:環境)」「S(Social:社会)」「G(Governance:企業統治)」の観点を考慮することです。
2006年には国連がこの考えを取り入れた「責任投資家原則」を提言し、投資家が続々と賛同して「ESG投資」を推進。 環境活動を解決するための新たな「お金の流れ」が生まれていきました。
こうした中、2015年に開かれた国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)でパリ協定が採択されます。 世界の平均気温上昇を産業革命以前から「1.5度」に抑える努力をしようと各国が合意した協定ですが、その実現のためには世界で最大8,000兆円の資金が必要という試算も。 このため世界で3,000兆円ともされるESG投資を呼び込むことがさらに重要になったのです。
投資家が気候変動に対する企業の取り組みを評価するには、企業に適切な情報開示を求めなければなりません。 その仕組みを整えるために2015年、G20の要請を受けた各国の中央銀行などが構成する金融安定理事会によって 「TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)」が設立されました。
TCFDは日本人1人を含む民間の金融・投資会社の幹部ら31人で構成され、 2017年6月に最終の提言をまとめ、企業に求める情報開示として以下のような項目を示しました。
どのような体制で検討し、それを企業経営に反映しているか。
短期・中期・長期にわたり、企業経営にどのように影響を与えるか。またそれについてどう考えたか。
気候変動のリスクについて、どのように特定、評価し、またそれを低減しようとしている
リスクと機会の評価について、どのような指標を用いて判断し、目標への進捗度を評価しているか。
これらは企業があくまで自発的に取り組むものとして発表されましたが、近年は各国が法律で開示を義務付ける動きも広がっています。 日本では2022年4月に発足した東京証券取引所のプライム市場で、上場企業に対してTCFD提言と同等の情報開示が求められています。TCFDの趣旨には2022年10月現在、 世界全体で3,868、日本では1,077の企業・機関が賛同する流れになっています。
ESGの評価機関として2000年にイギリスで設立されたNGOが「カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(Carbon Disclosure Project)」です。 現在は「CDP」が正式名称。日本でも2005年から「CDPジャパン」などとして活動しています。
CDPの役割の一つは「投資家などの要請を集約し、企業に環境情報の開示を促す」ことです。 投資家などの要請を受けたCDPは特定の企業に「質問書」を送付。質問書は「気候変動」「水セキュリティ」「森林保護・植樹」の3種類に分かれ、 その内容は投資家などの意見を反映して毎年のように改訂されるそうですが、2018年にはTCFD提言に沿う形になり、2022年は生物多様性に関する設問が導入されました。
CDPは質問書の回答を基に、その企業を「情報開示」「認識」「マネジメント」「リーダーシップ」のカテゴリーで評価し、 最終的にA〜Dの「CDPスコア」で格付けをします。無回答の場合は最低ランクの「F」となります。
質問書に回答するには時間やコストがかかるため、躊躇する企業も少なくないようです。 しかし、企業が回答するメリットとして、投資家などに適切な情報を開示する意義があるのはもちろん、 回答作業を通して自社が直面している環境リスクやビジネスチャンスを把握する機会になります。 それによって企業の評判を守ったり、競争力を高めたりすることにもつながるでしょう。
また、投資家ではなく一般企業がCDPを通して取引先(サプライヤー)に情報開示を求めることもあります。 そうした企業は「CDPサプライチェーンメンバー」と呼ばれ、日本では味の素、富士通、花王、トヨタ自動車など22社がメンバーとなっています。 温室効果ガスの削減は一社の企業活動だけでなく、原材料の仕入れや製品の流通などまでを含めて行わなければならず、 そうしたサプライチェーン全体での脱炭素化を進めるためにCDPの取り組みが有効だと見られています。
2021年度は世界で1万3,000社以上の企業に加え、1,100以上の都市や州、地域もCDPに情報を開示。今後もその動きは拡大していきそうです。
「お金の流れ」というテーマは、2022年11月に開催されたCOP27でも最大の焦点になりました。 洪水や干ばつなどの自然災害の激化は、主に先進国が排出してきた温室効果ガスによって引き起こされているため、 多大な被害を受けている途上国は補償されるべきだという考え方です。 パリ協定の8条に「損失と損害」というテーマで定められていましたが、今回初めてCOPの正式な議題として挙げられました。
その背景には、途上国で年々自然災害が増大している現実があります。 しかし、COP27では資金支援を強く求めた途上国に対し、先進国は慎重な姿勢を続けて結論がなかなか出ず、会期は1日延長。 その結果、特にぜい弱な途上国などを対象に「損失と損害」に特化した新たな基金を創設することは決まりましたが、 具体的な内容は2023年のCOP28での議論に持ち越されました。それでも、国連の枠組みで各国が協調して資金支援に取り組む合意がされたのは初めてで、 今後経済界の具体的なビジネスにも影響が反映されるかもしれません。
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財務省 ESG投資について
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_kkr/proceedings/material/kyosai20211201-3-2.pdf
経済産業省 資源エネルギー庁 エネルギーを巡る情勢の変化
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/html/1-2-1.html
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン) ESG投資をはじめとする環境と金融の関わり-TNFDとTCFD-
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/5152.html
経済産業省 気候変動に関連した情報開示の動向(TCFD)
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/disclosure.html
TCFDコンソーシアム
https://tcfd-consortium.jp/
中部経済産業局 夏の省エネ推進セミナー「カーボンニュートラルの実現にどう取り組むべきか」
https://www.chubu.meti.go.jp/d33shouene/2021fy_natsu_samina/kouen_kobayashi.pdf
一般社団法人 CDP Worldwide-Japan CDPについて
https://japan.cdp.net/
一般社団法人 CDP Worldwide-Japan [企業向け] CDP概要と回答の進め方
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/005/868/original/CDP概要と回答の進め方2022.pdf
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン) 【COP27】1週目報告
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/5180.html
日本放送協会(NHK) COP27 気候変動の被害支援する新たな基金創設へ“画期的合意”
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221120/k10013897671000.html